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オジサン散歩・絵画と不動産。

2019年 06月20日 12:31 (木)


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こんにちは。

今日は一人散歩の事等。

昨日休日の朝、犬と庭で少し遊び、ふと携帯で美術館を検索しますと・・・
クリムト展が上野で開催との事。

上野をブラブラしながらクリムト展を観て、其の後、谷根千界隈をオジサン散歩です。
僕は琳派が好きで、現代作家の作品を所蔵していますし、谷中にアトリエが在るので、序に寄りたいなとの事も在り上野の美術館の赴きました。

単に好きだから行ったとの事ですが、ジャポニズムの琳派や浮世絵に影響を受けた作品が特に有名。
流石に最も有名な接吻は来ていませんが、似た画風の物が沢山展示してありましたしユディトは来ていました。
感想等を書いてもアレですから、無理やりに不動産の事等に繋げます。

興味の無い人は、何のことやらでしょうが今日は此の話題で終わります。

良く云う事ですが、日本人が一番日本の価値を理解していないとの言葉。
此の19世紀末に浮世絵や日本美術が海外に紹介されゴッホにも影響を与えたのは有名な事。

今でもヨーロッパの人から視たらば東洋思想や絵画、文化は異質では在りましょうが、当時の情報網の中で遭遇した日本ジャポニズムは衝撃的未開の事の様子。

此の影響でクリムトの作風はガラリと変遷し、世界的に評価される画家にもなったのかとも思われます。
影響前と後では全然違い、琳派の影響の作品は凡人の僕だからかも知れませんが素晴らしいと思う。

其の中、不動産に通ずる事は、寓意との言葉が御座います。
絵画とは、何か意図する事を絵で表現する事。

文字で御託を並べる事では無く。

其の寓意の理解を以ってして、不動産の所有物を傍観すると観える物が在るとの事。

其の者が、含意したい不動産所有の意思や生活感等が観えましょうが、翻り、無意識で気にせずに過ごしている事も、其の事が其の者の意思、意識との事。

稚拙な者は、所有してさえしまえば何とかなるとの事が意思でしか無く、所有物の自己的論法が本質的には無い。
仮に、此の様な者が文章を書いた場合、熱意の欠片も無いのにも係わらず、ダラダラと文章も長く面白みも無く、含意する寓意や行間を使う事等はしない、出来ない脳ミソとの事でしょう。

絵画と同じで訴えかけるモノが無く全て言語的、説明的で語たらい薄っぺらいとの事。

要は、馬鹿はバカの気持ちが良く理解出来るので馬鹿馬鹿しいくらいに愛される。



当然に善し悪しでも無く、其の事で其の人物其の物を完全否定はしませんが、一不動産投資に限って云えば、事実としては買う物件、他者に推奨する物件は総じてゴミでしかない。

其の事が絵画と同じで寓意するとの自論。

ドミナント、地方遠隔等、新築、中古等、所有物件や、書く物、魅せたい物の内容用法は其の人自身。

通常、無暗に世間様に粗末なおチンチンを出しては叱られ罰せられます。
其の事は当然ですが、観念とか社会通念とかの問題を哲学的に考えると、意味が無い事にも為り、出しても良い事と為り得ます。

其の事と同義で、粗末で論証も無い、此の様な物は意味が無いのか在るのかは、モノと者の次第でしょう。

自身から視て嫌悪する事は生得的に相容れない感情で理屈では無く、嫌悪する者が其の事で成功しても本質的に無常な事。
異質の物を素晴らしいとして自己に取り入れる事も当然在りましょうし、文化とは其の繰り返しでも在ります。

全てに共通する事は、革新的な用法の其の採り入れを最も早く自己に成しえた者は、一時は批判されても其の後称賛されますが、其の後の其の真似をする者は似非でしか無く評価はされ得無く、其の真似を為す事は大衆に他ならないとの事。
失敗が少ない者も居ますが、大衆では成功はしません。

此の点に於いて、先駆的用法を採り入れたクリムトも当時教会など保守から異端として観られ批判にも晒された事でしょう。

不動産投資で、今もて囃される用法等は常識の様子ですが其れは既に出遅れとの事。
異文化云々、日本人が理解しない素晴らしさを他者が認める事を擦る事等は、其の世界観の中の者には理解し難い事でも在る。

不動産業界や大地主の中では、当たり前の儲けの手法、不動産投資が一般人にはとても美味しそうに観えたから此の時代の此の現象で在り、其の殆ど全てが似非不動産投資の物で溢れてもいます。

文化とは似非迄含め民衆大衆の熱狂で膨れ弾ける原理。
其の繰り返しなのでしょう。

自己の立ち位置で既に後戻りは出来ない者が多い事でしょうが、今辞められる事は一端辞める事です。
時代は変わります。

今後、景気のサイクル等の概念等は吹っ飛び、此の日本で下げた不動産は今後上がる事が無いとは思って居ます。

あくまでも自論で、其の事を思念し20年前から準備した自己が今に至る。

絵画も眼力で数倍から100倍以上にはなり、不動産以上に面白い事。
何が幸いし災いかも慧眼や達観で積層的体現より生得的な事で左右されましょう。

常に云いますが、不動産投資程馬鹿馬鹿しい投資も無いと思って居ます。

事業としては面白いですが、投資としたら絵画の方が圧倒的に旨味は在ります。

ゴミ云々云いますが、株で食べている人からしたら僕はゴミ以下の塵です。

要は、絶対的に不動産と思い込まず色々な投資、自己の理論的合点のいく場所では無く、生得的に合致する居場所を見付ける事が人生の本懐かとも思います。



では終わります。

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テーマ : 不動産投資
ジャンル : 株式・投資・マネー

資本主義の発展的芸術の考察・資本主義の破壊と創造性・共産主義の創造の破壊。

2019年 03月22日 01:36 (金)


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こんにちは。

以前に少し触れましたが、資本主義の断片的自論を綴って行きたいと思います。

あくまでも、自論的考察で偏っている事は承知ですが、其れが抑々の資本主義的な思考な事なのかとは思います。

自身では単に、資本主義の根幹は欲望の一言でしかないのかとは思惟致しておりまして、その中で理解が視認出来るのが、世に溢れる広告と情報。

日本やアジアは、雑多な街頭広告で溢れていましょうが、それ自体が資本主義のエネルギーの視認性で、文化溢れる都市や自然調和を優先する非効率な都市には広告の規制、即ち資本主義的商業主義が毛嫌いされ、それ自体が文化の一言で商業的な事柄を超越致しており、多数の者が資本家で在りながらに非効率さを自認しながらも、文化や自然を守る事に率先して寄付や普請に費用を供出迄致します。

話は少し逸れますが、此の事は、資本主義と文化、自然界の不調和の調和な事かとも思慮し、其の文化や自然が人としての根源的不変な物と思考や損得の前に感性で拒絶や取り込みを成しているのかとも思います。

此の不調和的調和は資本主義の或る意味限界を示しても居るのかとの自論でもありますが、資本主義は行き着く処は破綻、破壊でしか在りません。

此の事を危惧する阿保が共産主義的にかぶれるのかとも思います。

兎に角、共産主義では欲望を掻き立てる扇動的な広告は存在しません。
同じ扇動でも国家主導な全体主義な宣伝で個人の趣向を満たす事は無いでしょう。

所詮は、資本主義の中の共産思想だからこそ成り立つのが文化人で在り、自然環境保護団体との事です。
共産主義には抑々、創造が無く在るのは、今ある物を破壊し労働者に平等に分け与える事が、共産主義と云う一神教との自論ですが、創造が出来ない者が作り出す物は劣悪で、上述した自然や文化を守り育て愛でる欲求と、所有欲や飽食的欲望の根源を満たす事が出来ないので破綻をきたすとの事です。

資本主義も共産主義も破壊がテーマですが、時間軸と創造性が弛まないのが資本主義との事で、共産思想も許す個人主義的な国家が資本主義との事かとは思いますし、上述の資本主義の中の共産思想の文化人に繋がりますが、逆は存在し得ません。

話を戻しますと、資本主義の欲望の表現、広告ですが、その中から創造される事が多いのが芸術面。

資本主義や金満王朝から派生し褒められる事での中で至極同意出来る事は、人類の芸術的発展です。
個人的に、今現在の先進的な汚染対策をなし得ている国々の、自然環境には全く興味は無く、温暖化や環境保護を超え高に謳う者は頭がイカレているとしか思っていません。

好き好きなのでどうでも良い事ですし資本主義内での事なら其れ自体はナンセンスでも選択の自由とも思えます、僕は自然や、環境保護に金を払う位なら芸術や美術品、寺社仏閣の普請に寄付を致します。

此の広告、欲望の発展が芸術へとなり人類の叡智の具現化とも思えます。

単に、綺麗な絵画と目に止めるのでは無く、自分自身が見えるのが芸術でも在ります。

要は、子供がピカソを見ても何も感じませんし、同じ人物でも30代の時と90歳の時では感じ方が当然違うのが芸術で、其れを感じられる瞬間が持てるのが芸術との事かとは思います。

立ち返り、芸術は欲望の具現化とも思えし自己は、其の芸術や美術品から人間の根源的欲望を知り、発展や歴史を知る事の重要性を感じ、不動産投資の学びとして来ました。

簡単な広告の事ですが、欲望の塊で情報の塊とも云え、また発展的には芸術にもなり得るのが、広告や其の素材構成の写真、スケッチ、コピー、音楽とも云えましょう。

話が長くなりますが、個人的趣味では美術品の収集が在りますが、欲望が溜まると骨董品や美術品を買います。
泡銭を手にすると衝動的に買います。

値上がり期待も多少ありますが、本来的な欲望では所有欲なのでしょが芸術に触れ、自己を見つめ自己を知るとの意味合いも御座います。

車が好きなら買うでしょうが、買うなら旧車以外は興味が出ません。

古い物の価値を見出す事が単に好きで、新しい物は好みません。

こんな選択肢や雑多な思考感情に耽る事が出来る事や立場が在るのは資本家、資本主義だからかとは思い有難い国に産まれたとも思います。

要は何が云いたいか……
情報過多、広告過多の中の自分か否か?
自己が存在し得ているか否か?
との単純な事です。

はなし散らかりましたが、此の辺で終わります。

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