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変態と完美な個の思索の醸成。

2019年 07月21日 14:01 (日)


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こんにちは。

最近はとんと欲得の事に付いては、不精にも為っている。
自己の忠心で、其の事の是非の見識とは云うなれども、巨視的な視では其の事は驕心とも捉えられ複視を成し得ない本質的自己では、問うての自問に語るに落ちる様でも在ろう。

即ち、自己暴露なので在るが、其の事の所在が階層的思索の中での、どの段階かを見透かす他者も本来的な社会性の中では、極々稀なる者なのでも在ろうと達する。

階層的思索の考察と切り取り、本質的無我とは何ぞとの事でも在る。

自己の中での業や欲の減衰は、自己の中でとの事との断りでは誠では在るが、いざとなれば夜盗的に他者から知恵は貰うのでも在るので、困窮を極めた蛙は、蛙では無く、逞しくとの事で在り変態に成るのでも在るが、其の事は摂理でも在り、勝手なと或る切り取りでは当然な様でも在るのだが、蛙の存在自体は本質的に蛙でしか無く、可逆的にも蛙なのでは在ろう。

腹が減った蛙も、堪えもない変態な蛙も、蛙なのでは在るが、事更ながらに違いを見出したい、際立ちたいのも同種の性なのでも在るし其れで善い。

怖い物で、慣れるので在る。

池の蛙も、軒下の雨宿りの蛙も、慣れと為れの果てでは活き活きとし、其れが本質的な為れで生得的な様なので在ろう。

変化変態を為す事と本質的無我との関わりは、其の存在対象の所有欲なので、安易に考察は出来得る事で在り、雨宿りも水辺の蛙の結果の変態は、自招行為でしか無く、自己の内在的欲でも在ろうし、其の事が結果の存在意義なのかとも思案は出来る。

其の完美な所有物を物理的に分解してしまうと、完美の甘美は端切れにしかならず、漂う事に為り、完美とは本質的に不可逆的な存在なのだから、完美の要素の屑物の存在の視認すら儘ならず、其の端切れ屑が完美の養成との認識すら出来ない事は、即自的な存在の無見識の暴露として仕舞う。

端切れもまた、其の存在自体は完美なるモノでは在る。

所有に耐える云々が本質では無く、また、変態した蛙の仮のか、真かは何れにせよ関係の無い事でも在り、全ての欲の対象物が本来存在意義の在る個を示し、無我とするのなら血肉と姿は意見の無い事で、事象や物は全て個で自立すると診て執れよう。

結果の変態の所有を善と為すならば、分解されたモノへの配置を理解しないと変態が悪で在り、其の変態の存在の蛙は可逆的な存在と云えなく、蛙でも無く自立もし得ないと診る。

本質的な無我は全ての存在が無いとも云え、また、全てが完美な事と説くのでも在ろうと思料するが、摂取的自己と投影的自己と本質的独歩独善的完美な個の相関の対比なのかとも思慮しても居るのだが、無我に為ろうと思索する時点で無我では当然無く、生きる事を選択している事は、即ち無我で無く試みで在り、其の存在を感じ巡らせる事が到達できない事への見切りと此の世の会釈なので在ろうと為す。

段階的解釈の中でしか無い、此の解釈的会釈も或る意味短慮で微笑ましいとなり、個の存在を更に分解し個を自己では見出せない事なのかとも思料しても居るが、限り在るだけ此の事は思索を巡れせても居たい。

即ち、思索の円で縁や、球とも云えるかも知れないけれども、永遠に丸では無い完美には視えるが必ず欠けて、思索と似て無限では在るが反芻では無い事が本質。

此の事を以って自己の段階と位置、他者に知らしめたいので在れば、其の事の本意を自己に理解をさせる奮励を為し得る事が肝要なる事かとも思料した。

蛙の所属、群れ、何でも良いが、変態を為し得ている蛙は強い者でも在るが、今、此の時には完全体には診えず欠けても視えるのが常で在り、一般の蛙、大衆的蛙の合唱を変態を為し得た蛙は奏にしか聞こえず、一切合唱は唱えないので在ろう。

聴こえる奏を、水面の蓮の花と共に沈まない声で唱える、其れが生物の変態の本質で在ろうし無我にも触れる。

終わる。

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テーマ : 不動産投資
ジャンル : 株式・投資・マネー

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Re: 地主さん

2019年07月22日 18:16

蛙はカワイイ、愛きょも在りますが、環境で毒々しくもなり
キモいオッサンにも似る。

人間の中でも不動産投資家等の金の亡者はヘタな合唱でしかないですが
子分のカエルは酔いしれても居ましょう。

我々も、多少は影響力が在るでしょうから気を付けたいモノです。

Re: ブックさん

2019年07月22日 18:09

正解ですね。

蛙は環境の変化を指す生き物ですから、其処迄を含意として捉え
物語を組立てられればとの思いでは在ります。

大衆のカエルは、オタマジャクシに足が生えた程度でしかないとの意味でも在りますがw」

前回のブログへのコメントが!!驚

2019年07月22日 05:15

こんばんは?おはようございます?(まだ寝るつもりなのでこんばんは!)

先程、前回のブログへコメントしたのですが、ビックリするくらい本コラムと似た事を言っていて、真面目驚きました。

主役の他者をネタにして主役になろうとする井の中の蛙と、

主役を主役と認め、自己はどんな人生においても自己の主役である事を認め生きる変態の蛙、

同じ蛙ながらにして
前者は長い一生の中で一度も主役には慣れないであろうし、
後者は長い人生で、常に主役であり、その事に気付き、その上で、一生懸命生きることが出来る
のであろう。

Re: AKEBONO48 さん

2019年07月21日 22:37

いやぁ~自分で見返しても難解なんですよww

自分の中の自分が勝手に書いていますから、才能って怖いですね~

しかるに、誰彼が阿保だとかの事を云う程、ケツの穴の小さい事も無いし、結果自己言及に陥る事って
頭が悪いとなります。

だが、此の文章なり、常に云う処の本質を観られる人って少ないのでしょうね。
其の事を知る為にランキングに参加していますが、丁度良い具合で、Twitterなどやコネも無い、純粋にコアな人しか
イイねをしないでしょうから、大衆で絶賛されたらば其の事は阿保と同じとも云えます。

阿保な大衆に賛同される程、書き手として辛いことは無い。

Re: ジニアさん

2019年07月21日 22:02

ww
自分で書いていて読み返すと難しいですw

また、違った自分が書いている感覚なのでOFF状態だと本当に読み辛いですねw

No title

2019年07月21日 21:38

ふむー、、

映画『マグノリア』のラストは、空から大量の蛙が降ってくるという最高のオチでした。
すごく好きな作品だったのですが物語はあまり思い出せず…

天才クイズ少年の末路とか、
“respect the cock! ”と叫ぶ変態紳士(トム・クルーズ)が印象的でした。

さて、最近の曙さんとの謎の空中戦は気になっている一人ですw
今日はお休みみたいですね。

2019年07月21日 20:56

こんばんは~


今回は難解です(笑)
自分なりには蛙=不動産投資投資家として読めました。

ishiさんの意図する趣旨に触れられている自信が全くありません(苦)

真の変態とは

2019年07月21日 16:09

このブログで何を伝えようとしているのか?
それは何処の誰に伝えようとしているのか?

読む事で少しでもドキリとする事がある場合、それは自分が抱えてる何かに触れたからではないでしょうか?

今回のブログは深く何度も読み込むことで、自分との対話をしてみたいと思います。

追伸
金閣寺へ放火はまだです汗