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糞と銀蠅と蛙。

2019年 07月29日 16:28 (月)


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こんにちは。

別に強迫観念的に書く事を強制されている訳でも無いのですが、ジョギングと同種で、何だかしないと気が収まらない事の様子にも為っている此のブログとやら。

大抵は短い単語や語彙が浮かび敷衍的に押し広げ書いて行きます。

今回は、見栄と嫉妬。

同じ言葉としか捉えていませんが、此処を少し分解的に触って行きたいと思いますが、何時もの文調にて。



見栄、其の事自体には何も存在価値は無いのだが、其の事に本質的な価値を見出す事を為すとするならば、他者の承認との事でしか無かろう。
嫉妬は見栄の副産物的な事で、排泄物の意に似て具現化し視認出来得た段階では、既に臭いを放ち銀蠅を誘引せしめる事で蠅の血肉に寄生し輪廻し土に還る様とも云えよう。

要は此の事を含意し熟思すると、自己の中の見栄、嫉妬等は糞と銀蠅なのだ。
頭の中の銀蠅の五月蠅い蠅。

時折、其の蠅は他人の排泄物に興味を示す、示すと云うよりは其れが其の蠅に執っては性でしか無く、清浄な物とも思えし原理なのでも在り、また、其の事を為し得ない事には、日々の基礎代謝の衰えと喰らう食物の差異の如く、醜く嵩張り膨れ上がる事にも為り、大事に至らない様に生得的性に観取して居る用法なのでも在ろうが、一方で爆発的に嵩張る其の頭の中のモノを、違う対象の承認とやらの作用で、寛恕の如く放免せずに後生持ち続ける様も、其のモノが変態し、自己でも最早考査も出来ず醜い塊として浮遊し五月蠅い蠅の羽音だけが聴こえるのだ。

糞は糞で成立もし得るが、相関的補完関係の掃除屋たる銀蠅も喰われて仕舞えば排泄物で糞でしか無い現実。
自立した糞ならば制御も出来ようが、代謝できない醜い蠅は糞も喰わず頭の中を徘徊し漠然の問いを出す。

例えば、天からの水滴は雨乞いの蛙の物のモノなので在ろうか?
附票の無い水滴自体の所属先は無いとし、居合わせた者のモノとし口を付けても良いのだろうか?
抑々、天からの水滴は、雨では無く酸かも知れないと訝るのか?

此の時点では、自己の中の問いでは無く、個の銀蠅に似た別のモノの問いかけで在り、自己は本心で外部からの声に耳を傾け耳に障るとの事でも在ろう。

見栄で在るからには、要素要件と云うモノが存在しなければなるまい。
大衆万人が納得出来得る見栄、嫉妬とは?

其れは単に所有に耐えるのにも関わらず其の物が手元に無い事としよう。
最果ての物は見栄の対象でも無く憧れる対象でも在り、逆に羽翼と似て天命として仕舞う。

だが、天命の対象も根源は糞で蠅なので在り、先にも云ったが、所詮は大衆の線引きなので在る。
其の天命も醜い個の羽音も根源も自己の創作で妄想的な様の仕儀とは診えるとの事は本質なので在ろうとも思惟出来るのだが、此の事を以って物事に対峙していては、発展的偶然が存在出来ず、其の帰結も物語としては実に卑小な物なので在ろうと思うが、決して其れを知り得る者は卑小では無いともなる。

此の事の理解も無い大衆が蠅に追われまた糞を求めるとも為る。

精神を崩壊する者は、貯めに貯めた不代謝物を処理できない為に過ぎないが、根底は卑小では無いのだが、結果、狂人にもなり得、映る姿は卑劣極まりない事だが、本質を診られれば世の大衆の圧に耐えかねた気の毒な者に過ぎないのだ。

大抵の者は、憤怒極まりない事でも其の憤怒の根源の謂われは、自己の中に大いに存在し後生にして居るのも事実なので在るのだが、其の善人たる区分けの露出と追認は蛙の雨乞いの水滴なので在る。

蛙は糞も蠅も喰らうのだが、環境の変質で如何様にも変態出来得るのだ。

ただ単に結果の善人で在ってはならないので在り、思索の模索で足掻く様を天命と通じ得ないと偽善でしかないとの事なのだとは思う。

此の辺りが、自己の中での限界値なので在り、自己言及や矛盾との折り合いでも此の辺が限界値とも思惟している。

嫉妬には狂い、見栄を張る。
他者に狂い、見栄を疎かにする。
見栄を疎かにし変人となり世を捨てる。

同じ事で結果の糞と蠅だ。

ケロッケロッって哭いて泣く、其れが人なのだ。

終わり。

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テーマ : 不動産投資
ジャンル : 株式・投資・マネー

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Re: 世の中に

2019年08月02日 10:15

僕も同じですw

読み返すと中々良い事が書かれていると思います。

多分、誰かにパクられれ読んでも気が付かないで読むかも知れません。
終わった事なども気にしないタイプですから。

世の中に

2019年08月01日 21:48

こんばんは

世の中に不必要な物はないという話しを思い出しました。
此方側と彼方側だと価値観が異なりますからね。

読み返す度に心に響く箇所が変わる不思議さがありますが、玉虫色に解釈が変わるのも面白く感じてます。

短い駄文、失礼しました

Re: 文体が優しい

2019年07月30日 11:35

お気持ちはとても理解出来ます。

過程は常人なら同じ筈なのでしょうが、求める物の相違で結果が違うだけです。

逆に、結果が同じなら、イデオロギー無視しても本懐的結果で結託します。
簡単には、敵の敵は味方の理論。

所詮は割れる後者因りは、結果が違えど理解が互いを尊重出来る事が、本質的に良好な関係かとは思って居ます。

其れ以上な他意は在りません。

Re: 相対的価値観

2019年07月30日 11:26

人間所詮は、相対する物が無いと抑々、相対出来ない。
喧嘩も一人では出来ない。

ですが、無人島に一人で居るならば、相対の対象がまた別人格のの自己にもなり、本質的な相対とやらも俯瞰して見られる事なのかとも思います。

文体が優しい

2019年07月29日 21:35

こんばんは。

意識的か無意識的かは分かりませんが、文体が優しく、読み手の僕に語りかけているように感じました。

その一方で、
既に糞と銀蠅にまみれた阿呆にも。

唯我独尊

本来の意味を調べたこともなく昔友達が特攻服に縫っていたのしか知りませんが、

あまりに自己中心的でもダメですね。僕は頭に血がのぼると周りが見えなくなる。というよりは見えていても優先させるのは自分。

唯我独尊が良い意味であるとするならば、

自分だけを尊ぶのではなくて、他人を尊ぶことが出来ないと駄目ですね。汗

取り返しの付かない言葉

呑み込む器量を持たなければ、僕も糞にまみれた阿呆と一緒だなぁと思いました。

相対的価値観

2019年07月29日 18:02

アレは勝ち組、コレは負け組と言った相対的価値観の中で一生終える。

それでいいのかなと不思議。

そして、他人からの評価を求める人は投資に向いていない。そう思います。