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自己検閲的通釈。

2019年 08月09日 14:12 (金)


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こんにちは。


ブログも書く事が暑いしか出てこずな感。
そろそろ、夏休みにしようかと思いますので、更新も減る。

此の頃思う事。

多様性等の心の広い方々の云い回し。
僕も大いに至便に用いますが、自己責任と多様性との言葉は至極便利。

問題の多い者でも多様性と思えば一緒の空気を吸って歓談も出来得る。
本音は別に取り置き、些細な仕草、風に揺れる髪の毛も、坊主の袈裟の例え宜しく癪に障る者も、多様性と自己にい云い聞かせれば、胸の息苦しさも治まる。

本意では同定とも思えないのだが、人の姿態としては全くの同定を為しては居る。
其処に自己の特性を診たいとの差別、区別、特権的な独歩を見出すのも人で在ろう。

不動産投資でも同じ作用を皆が用いても居ようが、其の実、皆同じ同定の投資家で規模が違えどスッカリ各々の其の姿は区別も付かない同じ面相なのかとも思料する。

何が此の作用に追い込むのかを自論を張っているのだが、単純には、やはり、広義の見栄と一言に尽きてしまうのでは無かろうか。

其処の思念の沙汰を止めば、気散じな事。
だが、此の世では生き辛かろう。

其処に見栄を張る事も虚勢と代置しているに過ぎず、其の事を、自己で理解の在る者は或る意味、朴訥な自己とも云えるが、此の思念が人の生得的な正義で、本質的と疑念もな無く、其の事を疑う仕草をも嫌悪する様は、自論では人としては生馴れの容姿姿態と診えて仕舞う。

嫌いな者は嫌いで相容れないのが正解でも在る。
多様性も必要だが、過度に持て囃しては囈語と云う物。

要諦は、自己言及の矛盾を是とし自己の専断的な思索を鳥瞰する事を常に為し、矛盾を請け入れ消化し昇華を企てる事が本筋な思索と云うモノかとも思うし、其れが思惟するとの事かとも思料する。

人間は怖いので在る。

自己とは、恐ろしい事や淫靡な事に魅するに、取り崩す身となりて其の贖いの葛藤でも在る。
其処に聖者の思索や用法は及び難いとなる。

其の事を稚拙な傍観者は、伝聞の善し悪しで、娼婦に石を投げる事の出来得る者が居ようかと?と説くが、其の資格は全ての者には無いので在るが、実際に娼婦、男娼を知らずには云えない事でも在り、知らぬ者も云う資格が無いとなる。

人には云えぬ事の方が多い。

お喋りは鎧なので在ろうが、其の事を用いる事では、容易く化けの皮は剥がれ落ちよう。
真意を知り真理を診る事等の企てでも在るが、其の自己の知慮が本質的には負の加勢的知慮でしか無く、邪魔だてしかして居ないとなれば人格的落命の附票を貰うに同義で生き直すしかない。

所詮、淫靡なることに取り憑かれても、思索の探究に巣篭る事も娼婦男娼との事で在ろうと思う。

人間の序開きは、実の処は相当な違いなので在ろうが、本質的、精神的には置屋に留置されているとの事に、或る種の覚醒を診る事が善行の初手ともなり得るのかとは思念する。

多様性も多用しはしても、内在では多様性の多様さを否定的に捉え、余所行きな多様性を用いていては本質的な多様性にはならないとの事を知る事が要諦でも在ろう。

多様性の多用性と、本質的真意の思索の自己検閲的通釈との、其の差違との考察でも在る。

尽きない事は消化や昇華も自己の帰結的通釈によりて内在している内は、当然自己同定的でしか無く、全ては虚しいとも為るが、其の必定性と暴露が自己に執っての至宝なので在ろうとも思う。

話を纏める事はしないが、やはり馬鹿はバカと云って仕舞うで在ろう。

終わる。

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テーマ : 不動産投資
ジャンル : 株式・投資・マネー

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Re: 類は友を呼ぶと言うが

2019年08月11日 13:04

好きは嫌い、嫌いは好き・・・・鏡

言葉に責任を持つことかとも思えますが、強い言葉を云い放つ事は翻りますから多様な言葉が必要との思いで、この様な面倒な語彙を用いて煙に巻いているとの事が本音なの事は内緒です。

読む事に疲れ憑れ、何かが刺さり感心迄貰えますから有難い事。

とりま、此の3人が話し易く励みにはなりますね~

Re: 余所行きな多様性ですか

2019年08月11日 12:59

書いてる僕も当然、余所行きの多様性をと理解在る者を想定し行動もしますが、イマイチ疲れますねw

ですが、お金を稼ぐためにも、生活を守る事にも必要ですし・・・・・

皆同じなのでしょうしょう。

本気で思って居る人も居るでしょうが、周りには其の存在を感じませんw

類は友を呼ぶと言うが

2019年08月11日 01:24

こんばんは。

今日は書かないつもりでしたが、昨日のこともありブログを書きました。

類は友を呼ぶと言いますが、

正反対に惹かれることもあるとも言えますが、僕はやっぱり類を友と呼ぶのだと思います。

早く23日お喋りしたいっす。汗

余所行きな多様性ですか

2019年08月10日 19:24

とても考えさせられる文章でした。

『余所行きな多様性』という言葉は面白いですね。私はコレを人付き合いに多用している気がしますw


本来は、自分は多様性はない独り大好きな性格です。でも、余所行きな自分は演じてる自分ですし、ちょっと違います。人それぞれの多様性を認めようと頑張っている感じです。『多様性容認主義を理想として頑張っている状況』といったところでしょうか。

でも、やっぱりどこかで無理は出ますね。そのあたりが難しいところです。理想を追っても、自分のスペックが足りない感じです(笑)