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純粋な自我。

2019年 10月14日 13:29 (月)


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こんにちは。

色々と想う事が多かった台風でした。
誰かも書いては居ましたが、大事に対峙した時の自己のの情けなさやら・・・・

人間ですから右往左往は当然憑き物。

憑き物です。

此の事柄を押し広げて行きます。

人は今の現実、眼に映る物を経験していると錯覚もして居ましょうが、手にした飲料水も花の香りも全て過去の経験や体現を沿り、其の記憶や観念で紐付けされて自己解釈に因って説明的に見ているに過ぎない事。

洪水は怖い・・・・
火事は怖い・・・・

全て先人の記憶に過ぎない事で、其れを真直に体験したところで、矢張り観念まった記憶認識に押しやっている領域の抽斗から抽出した存在としてしか為り得てはいないとの解釈と傍観的に思惟する。
此の世に生きるとは、本質的には其の様な事で出でたのが人ではなかろうかとの解釈。
一見、物事は細分化すれば当然、解釈的合点も摂取も容易く見える事でも在ろうし、其の事は体現的経験と置換と相俟って第一義肯定的自己と縋るのでも在ろうが、其の実、至誠としての、人たらしめるにはに此の第一義肯定的自己は憂愁悲哀に満ちた事でしかないので在り、各々の世界観と人類としての至誠的人と類似的矛盾の肯定の同一を図る事の示唆思索を為す事が要諦だと解く。

先にも云う処の一義的体現等は本質的自我に劣後し得る、其の存在の体現こそが本質的自我、至誠的人の見えざる操舵となり得ると料簡もするのだが、現社会の中では第一義に体現した観念的記憶の其の軌跡が顕揚とされてもいて、其れが人類の叡智などと、更に第一義的に解釈の流布と教育で説明的体現を記憶たらしめて、此の様な馬鹿げた様の文章を請け入れはしないので在ろうとも思う。

先にも云っても居るし、段階的自我の話しでも在るのだが、此の事自体の思索も無い者も多い事。

純粋自我を思索するにも、所詮は第一義的観念の中の記憶と其の顕揚心から発して居ようが、其の道では辿り着けない頂きとの事。
一所懸命に学ぶ姿が見すぼらしく、其の世は上座の様相を夢想させるには必定な事なのだが、と或る人との交わりでは正解でも純粋自我を夢想させられている事の気づきも無い夢想的自我な様相なので在るから、真に純粋自我を持つ嬰児にも劣るとの考察に為る。

第一義的観念まった体現に先立ち、純粋な自我がを呼び覚ます示唆思惟こそが本質的純粋な自我を診て執る事の頂きに近づくのではなかろうか。
此の世を語る、数式や科学如きは、立体的では無く、実際に此の俗社会を構成はして居ても真理為る人類を説くモノとはなり得ず、其の意味では芸術家の寓意性で語られる事の方が、真正なる真理の朧気なる輪郭を為し得てもいて、最も世を解釈する手蔓とも云えよう。
其の社会性の中の第一義的言葉で語るに、無我にも帰結するとの事なので在るが、此れに含意する事は本質的な無我では無く、矢張り思索の壁も診えない無常な体現的自我なのでも在ろう。

何故に此の様な文章や語彙が読み辛く馴染めないのかは、普遍的と思えし恣意的夢想的観念の中で見るからでも在り、其の意見する処は、市井の人の観念は至誠に在らずとの事。

毎度、不動産投資の事を記していない様子だが、本質的に不動産の何たるかを説いているつもりでも在る。
自己は、不動産を透過し其の上座の人たる所以を探究しているに過ぎず、仮の此の世と真正なる世を往来的段階的思索と思惟を以って記しているとの事でも在り、読み辛い読み手は常に何か要らぬ物に疲れ、其の事に憑かれて、頭、心、躰が勝って気儘な振る舞いとの表現でも在る。

終わり。

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テーマ : 不動産投資
ジャンル : 株式・投資・マネー

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Re: 誰かが僕ならば

2019年10月15日 12:30

正直、此の事を書く事も何ら意味も無いのかとも思って居ますが、
書きたい時の方が多いから、其れは其れで不思議ですねw

毎日は更新は矢張りしんどいです・・・・

気が向いたらまた書きます。

誰かが僕ならば

2019年10月14日 21:40

こんばんは。

誰かが僕ならばとの仮定から読み始め、いつも通り難しい語彙でしたが、意外やすんなり読めました。(基本、僕は漢字を調べたり一切しません)。理由は、今の僕が読めるかが知りたいからですが、すんなり読めたのでした。

不動産とはおっしゃる通りのところにあるのかと思うことが増えて、その不動産は人が作り上げても、人を住まわせてもいて、

結局人だと結論し、

今日は、なんの得にもならないはずの台風被害のお手伝いをしてから仕事をし、自分の仕事が後手に回るというなんとも気持ちの良い状態からになり、本末転倒のように感じるかと思えば、全然、そんな事はなかったのでした。