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豊饒性向。

2020年 06月28日 15:28 (日)


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こんにちは。

毎度、嫌味や揶揄を記しても居ます。
此の事を記し、自己を鳥瞰的に診て見ますと思う処が理解も出来ます。

僕の場合は、兎に角、誰もしない事や真似が出来ない事をする自己がとても好きで、其の自己愛性向が他者の其れ因りも、相当に乖離が在るので、読む他の者を不快にもさせるのでしょ。

人間には、二通りの人間が居ますが、僕は典型的な自己愛性な人間で、他者の事因りは自己の事を先立たせ、自己の満足の範囲でしか他者に時間を割く事も致しません。

方や、受け身な女性的な他者依存性が強い男性と謂う人間は、文章に毒気が無く在り来たりな愛に溢れ何処にでも転がる施策しか書けもしないのだとは思料しますし、事実として通俗的社会的には、其れが正しい言説でも在り、結果何処にでも転がる情報に終始して仕舞う事だとも為ります。

以前、楽待コラムとやらを書いて、イイネの順位でお金を頂ける処に所属もして居ましたが、お金を貰えるから書いても居まして、順位がお金を左右するので、当然、当時は大衆受けする実践コラム経験談、語彙にも気を遣い記しもしました。

今と違い書く内容も、具体的で実践的な瑕疵担保のネットに無い情報等の経験上知り得たが、相当に違法行為に該当する他社の其の行為の暴露等でも在り、初心者並びに不動産を或る程度熟知していると多分に思い上がりの在るメガ大家等にも揶揄の意味で記しもしました。

実践コラムとの事でも在りますから、実践とは経験の事を謂うとの意味合いでも事実を以って自己では記しても居ましたが、実際其の他の多くの楽待コラムニストは当時も今も楽待のコラムニストは実践等を書かずに、経済がナンチャラと週刊誌に書いて在る事のパクリに終始していて、趣旨に反しても居ますが、実践とのお題目への自己の中での矜持も無いとも知りはしますが、実践が無い暴露を理解出来ない者と、其の事を揶揄もしない読者も実に多く、要は、此の事が自己の大衆性と、此の場の通俗社会と自己の迎合が合致して仕舞う時、自己は大衆に埋没し浮かばれる思惟等は微塵も無く、即ち、独自性が無い視点との事でしかないと理解出来得るのですが、此の事を診る其の時の自己が大衆的受動的他者依存性な自己では、当然に週刊誌的コラムニストを、実践コラムニストでは無い事を知り得なく、本質的な投資や独自性の皆無を理解も出来なく、其の事に何の疑義を持ち寄れない読み手もまた稚拙な投資家との事にも為るとの事なのでしょう。

楽待をクビに為り、現在に至り、当然此のブログは1円にも為りませんので大衆への忖度等なしに意の儘を記せます。

実際、お金を貰えないでも書ける自己はとても好きで精神衛生上良好でも在りますし、素直に書き記す事への自己愛をも知り得、善き理解も得ました。

楽待でお金を貰えないにも関わらず、自己満足の為だけに月に最低ノルマ10本以上を書く馬鹿が今の楽待ニストに居るか疑問でも在ります。

此の問いは、欲の問いでも在りますから、経過を経た結果的な欲と先立つ欲の結果とも置換も出来得ます。
要は、金も貰えないで書く者は違う何かが欲として在り、金を貰えないでは動かない者は金でしか無いと為り、其の所作は其の者の全てに通じます。

矛盾する事でも在る様にも捉えられもしょうが、世の情報の99%はノイズ程度の無用な物でも在り、其の事を大衆迎合し発信する者も無用ともなり得るのですが、無用では在りません。
有用は、無用無くして有用有益も無いと説けます。
多くの無用無益な情報が存在し得る事で本質的有益が存在し得るとの事になりますから、実践コラムと云うお題目でお金を貰えるシステムに大衆紙的タブロイド思考の虚像を虚構を記し経済専門家気取りで人気を博す白痴でも、多くの大衆が善いと云えば其れが大衆の正義でも在ります。

大衆に支持されない事が自己の忠心的な最も満足でも在るとの愉悦でも在り、大衆に贔屓にされる事の恐怖とは即ち稚拙な普通の知恵との事の証左でも在ると理解し、自己の本質的欲目と対峙する時、其処に疑義を持つならば自然と其の事は出来なくなるとの事でしょう。

読み手をも批判もしますから此のブログも人気にはなり得ない事は当然知りますが、僕が何等かを書く意味は、此の事を理解出来得る一定の層にだけに向けても居ます。
自己の思索思惟が大勢の他者に好感を以って受け入れられるとの事は本意では無く、其の事は上述の事を理解す時、自己言及にも為ると為りますし、大衆性向して仕舞い結果、有益とはなり得ない事と成り下って仕舞うと思念しても居ます。

抑々、自己言及を理解しないでは自己の中の哲学や独自性を診る機会も無いとなり、通俗的な物云いしか出来得ない人物にも為るのでしょう。

自己が何等かに所属する場とは愛情が湧いても仕舞いがちですが、常に俯瞰出来得ない自己でも始末が悪く、投資家にも向きません。

投資家とは、孤独で在れと思念します。

大家仲間とワイワイ等と頭が沸いていては気持ちが悪いオジサンでしか在り得ません。

此処で、勝手な分類をして行きます。

・楽待の編集部の記事は、何だかんだ読むには耐えられ無料の記事としては、適宜で有益な情報も交じりますが、其の他の大家媒体の中では最もマシな部類なのかとも思料出来ます。

・楽待実践コラムは、実践的経験談との括りでは、其の真意を理解し書いている者は数人しか存在しなく、実践経験談でも、多くはネットで拾え再現性が在るとの触れ込みのだが、単に属性を活かした資産棄損しか無い用法で、本質的に独自性は全く無く、其の他多くは経済評論でも独自視点も無い盗用も散見され、実名は控えるとて○○○○大家○○○○○○○、○○ー〇は事実としてヤフー記事等の盗用。
また、コメント機能が盛んでも在り、コメント機能の遣り取りを読む方が多くのコラムを読む依りは有益な本音も在ります。

・健美家の編集部記事は楽待には劣るが、コラムニストの比較として楽待依りも、健美家コラムニスト書く物の方が有益な事が多くまた、実践的な経験談も圧倒的に豊富で一義的表層的な施策段階での観点では独自性も在るとも云えるが、首都圏の大家には用法として合致しない田舎の話しと捉えられ、結果首都圏では楽待を支持する読者が多いのだろう。
また、健美家の大家の多くがセミナー等を施策し客を寄せ、金銭を摂る事への違和感が楽待読者には抵抗が存在としては在るのだが、内容の稚拙さで云ったらば楽待コラムニストの方が稚拙とも思慮出来得るので、結果として読者の其の違和感自体は、想い上がりの暴露とも似る。

・総括的には、楽待はニストも読者も知的レベルでは高属性大家が多く首都圏大家群の様相でも在るが、一部では実に自己過信でケチな地主系大家や産まれが豊饒な故、苦労を知らない非常識な大家や、無料な情報自体はゴミでも在る事を理解出来もし無い投資家群の存在が確認出来るのも楽待のニストと読み手で多く散見もする特徴で、或る意味、高属性の坊ちゃん気質で高属性でしか自己を表現出来得ない精神的な幼児性が自己の矜持の担保として生きてもいて、自主管理等をしない好立地低利回り新築等を施策する高属性リーマン投資家群が多いのかとも思料出来る事から、事実としての健美家大家群の実践的経験談や独自性を楽待群は自己摂取出来得ず、健美家大家を田舎侍と意識的無意識的に傲慢や慢心で切捨てもして居るのかと思料する。

健美家のニストとは、概ね心根は善いのでも在ると知るが仲間意識や絆等と表面上の容から入り表面的に納まる事で自己の安寧として仕舞いがちに診られ、其の事に迎合して仕舞う読み手やセミナー参加者は、因り本心で絆や仲間等を追い求める様を診ると田舎侍群となり得る事実も否めなく、狡猾な首都圏大家群や不動産屋に対峙するには些か適格が少ないのでも在ろうと思料出来る。

此の二大潮流は世の通俗的な秩序で、道徳観念でも在ろうが、双方共に本質的自己の独自性を思索をしない事に付いては何等相違も無く、其の外側にまた違うモノが存在するのだろうとも思料もする。
健美群は、多様性を謳う者が多いと思料するが、一部の者は表層的な稚拙さ故に己の水は甘いと他を阻害する様は、翻り大局的には多様性が無く、矮小な仲間群の破綻をも意味し、通俗的な組織論を忌み嫌う者達の構成で大家群を為しているにも関わらず尚、大家を束ねる愚を施策して居る其の滑稽さを理解していないも診えるし、楽待群も同義に為り、施策に於い縦覧的な思索を持ち入れても居ないとの事が大衆の潮流の本質との事なのでも在りましょう。

僕が好きなブロガーは敢えて記しもしないが、独自性も在り、不動産の事を表面的に捉える事もして居なく、其の事が還って自己を鳥瞰的に診られ大局性をも思惟する機会が在る読み物は自己に執って唯一有益な物でも在る。
だが、読み手の多くはコメントを拝見するに真意を踏まえてもいず、歯痒い事なのかとも思うが、其れも意図する処なのでも在り、其の事を想うと、矢張り書き手の其の者の思惟は豊饒とも窺える。

生得的な物理的豊饒さを備える者が、心根で豊饒性を備えていないと思惟的に凶作でしか無く、また生得的に貧しくとも心根が善でも本質的な豊饒性を知らなければ、其の心根の善行は氷上の穂でしか無く芽が無いのでも在るが、本人や周辺者には実に美しい花は咲いても居るので在ろう。

自己の豊饒性向をる診る時、物理的生得的豊潤さは翻り貧しさや危機としないと沸く思索の全てが虚構で坊ちゃんのお戯れでしかない事。
自己は、百姓で在り実に貧しいと知る。

終わり。
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テーマ : 不動産投資
ジャンル : 株式・投資・マネー

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Re: 耳が痛い…

2020年07月03日 12:14

色々と想う事は在りますが、愉しくやるのが一番って事ですね。

欲って多種ありますが、其の欲自体を理解しないお馬鹿は嫌いでも在りますw。

耳が痛い…

2020年07月02日 07:02

楽待の肩書が無いだけ自由な記載がイイですね

なるべくやった事を
書くようにはしてますが
汗を流す話は、
アソコの住民には受けません

わかる人が何人がいればそれでイイヤ
と思うようになりました

あそこでの報酬は
浦和の参加費(交通費と宿泊費)と
なってます(笑)

Re: ふと思う

2020年06月30日 10:48

実際、僕は此処で無償でも書いても居ますから、当然書く事が好きなのだと云え、金銭では無いとの証左でも在ります。

順位下位で金を貰えないでもニストとして書くひとは、楽待村の住人とのブランドを着て居たいのでしょう。
矢張り群れや、所属等の色を好むのは何等かの意図が在って然るべき出も在りますが、裸一貫で物事を為す事をしてみないと診える景色に広がりも無いとの事でした。

Re: タイトルなし

2020年06月30日 10:42

特定の誰かの事でも在りませんが、コメントにて己の課題の暴露とはなりますねw

組織票も票、不正も票。お金に色は無いとの事なのかとも思います。
盗作も自己が善ければ好きにすれば善いだけ、馬鹿とは云われますがねぇ~

Re: No title

2020年06月30日 10:39

見方も色々、味方も色々との事かなと。

何だかんだでリーマン根性が抜けないのも仕方がない事なのでしょう。

ふと思う

2020年06月30日 02:19

こんばんは。

結構長い文章でしたね‼️

無意識かも知れませんが、珍しく、ishiさんの個が見える文章だった様な気がします‼️

読んでいて、ふと思ったのは、10年後に何人残っているだろうか⁉️と言うことです。

3年近く続けて来ましたが、ズームで特定数の人の相談に応えたりする時の方が最近は満足感があります。

違いがいまいち分かってはいませんが。

僕が実践コラムを書くこと。

大半が、セミナーを受けることに似てもいて、あまり自己にとっては意味がないことも多いんですよね。

それでも書く。

その事実が自己の為のように感じます。

2020年06月29日 22:27

相変わらず手厳しいですねww

まぁ私なんかは「属性を活かした資産棄損しか無い用法」なんでしょうが、でも不動産やってた方が今までより人生楽しいしいいかな!と思っています。

楽待コラム・ランキングシステムは難しいですね。
報酬はないよりはあった方がいいですが、ぶっちゃけ1位報酬もバイト1回で稼げる額なので、私的には「意地」かなー、と思っています。組織票や盗作に負けるのはやっぱり普通に悔しいです。

No title

2020年06月28日 16:43

お久しぶり。
浦和クラブ続いてますね。
喜ばしいことです。
あの時期に、こういう形で楽待実践コラムから
一つの集団が出来たことは
面白いことだと思います。

健美家さんのコラムニストさんは、確かに楽待コラムニストさんと比べると、より個性的な方達がいますね。

時代の流れとは面白いもので、健美家さんの富山グループ、北海道グループ

楽待の関東グループはそれぞれ違った個性があって、それを見ているのも面白いです。